散骨するには、大きく二つの考え方があるとおもいます。単に思い出の場所、生前に夢焦がれていた場所に散骨したい。この思いが一つ。もう一つには、お墓もお骨堂もない、お金もないから散骨します。散骨がなされた最初は前者の思いというのが全てでしたが、テレビ番組などで報道されることによって、後者の考え方で散骨される方が増えてきました。
でも、実際どうでしょう。散骨されて、最初はよかったと言うことをよく聞きますが、2年3年5年と時が経過してから、どこにお参りしていいかわからない。よりどころがなくなったと聞くことがあります。ですから、これは私の勝手な持論ですけども、全骨を散骨されるのではなく、一部を、ごく微量を思い出の場所に散骨されるのであれば問題はないと思います。樹木葬もその木が万一枯れてしまったら、ご家族の悲しみは計り知れなのではと考えます。勝手なことをいいました申し訳ございません。とにかく今の流行だからと言うことで、安易に散骨を考えておられるのであれば、考え直してもいいかもしれません。
また、最近では自由葬、無宗教葬などもあります。宗教者を呼ばずに、皆様でお別れ会であるとか偲ぶ会であるとか名称も、お式の組み立ても自由にされることがあります。
その中では、音楽葬、カラオケ葬、囲碁葬などもありますし、会食しながら、故人の思い出を振り返るとか、お参りいただいた全ての人から、一言ずつお別れの言葉をいただくとか、故人様のお写真をスライドショーとして流すとか様々です。もちろんお別れには、献花であるとか、焼香であるとか、ご会葬者から一言メッセージをいただいてカプセルに収めるとか、思い思いのお別れをする形式も増えてきております。 |